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文部科学省地域イノベーション戦略支援プログラム 北陸ライフサイエンスクラスター 国際競争力強化地域 [富山] [石川] [福井]

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総合調整機関 一般財団法人北陸産業活性化センター

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HLSCバーチャル・サイエンスカフェ第5号

バーチャル・サイエンスカフェ

北陸ライフサイエンスクラスター(HLSC)では、カフェのような雰囲気の中でサイエンスを語り合う場をバーチャルで提供しています。第5回目は、石川県立大学の栗原新(くりはら しん)先生から投稿いただきました。

腸内細菌叢を「もう一つの臓器」として捉え、その働きを遺伝子レベルで明らかにする

 私たちは、最近になってヒト健康に大きな影響を与えていることが次々に明らかとなっている腸内細菌叢について、その働きを物質レベル、タンパクレベル、遺伝子レベルで詳しく調べることで、腸内細菌叢の機能制御を通じてヒトの健康寿命を飛躍的に伸長させることを目標として研究を行っています。

腸内細菌叢とは?

 ヒトはその腸管内に重量にして1 kg、細胞数にしてヒト細胞の10倍の腸内細菌を持っています。ヒト一人が持っている腸内細菌の種類は150以上であることがわかっており、これらの混合物のことを「腸内細菌叢」と呼んでいます。最近、肥満 (Nature 444:1027–1031. (2006))・糖尿病 (Nature 514:181-186. (2014))・自閉症 (Cell 155:1451-1463. (2013)) などの疾患と腸内細菌叢との関係が非常に深いことが動物実験により示されました。この結果、腸内細菌叢を「もう一つの臓器」と捉える考え方が広まってきています。

腸内細菌の遺伝子機能解明の重要性

 腸内細菌は培養困難なものが非常に多いために、長年、腸内細菌叢の全貌は明らかとなっていませんでした。ところが21世紀に入ってから飛躍的に発達した核酸解析技術を用いることにより、培養を行わずに糞便中の核酸を直接解析する手法によってヒト腸内細菌叢が調べられ、ヒトにおける腸内細菌の平均的な最優勢56種が報告されました (Nature 464: 59-65. (2010))。しかしその遺伝子がどのような機能を持つかについては、大部分がわかっていません。したがって、人類はその体内にある「もう一つの臓器」の内部機構について、ほとんどわかっていないことになります。
ヒト腸内細菌叢の組成は非常に個人差が大きいことが知られており、食事による腸内細菌叢の変動は個人差を超えるほどではないことがわかっています。しかし、腸内細菌の遺伝子発現(遺伝子の働き具合)は、食事に大きく影響を受け、共通の食事をとったヒトでは個人差を超えて類似することがわかりました (Nature 505:559-63. (2014))。このことは、腸内細菌の機能と健康への影響を調べ、腸内細菌を制御することでヒトの健康増進に役立てるためには、腸内細菌叢レベルの研究では不十分であり、腸内細菌の遺伝子機能の解明が重要であることを示唆しています。

腸内細菌の代謝産物の重要性

 大腸腸管の内腔に生息する腸内細菌は、厚い粘液層や免疫システムから構成される腸管バリアに阻まれ、上皮細胞に到達することはほとんどないことが知られています。これに対し、腸管内で細菌が生産・放出する代謝産物はこのような腸管バリア機構を通り抜けて上皮に達し、体内に取り込まれることから、腸内細菌の健康増進効果の主要な部分を担うと考えられます(図1)。この代謝産物で有名なものとしては短鎖脂肪酸(http://hiac.or.jp/cluster2/vsc_002)やポリアミンが挙げられます。これらの生産・放出機構を効率よく調節し、腸内細菌の機能を調節することでヒト健康に資するためには腸内細菌の遺伝子機能の解明が不可欠です。

腸内細菌の培養の重要性

 これまでに腸内細菌の遺伝子機能の解明が進んでこなかった最大の理由は、腸内細菌の培養が困難であること、また、どの腸内細菌が優勢であるかについての情報がなかったために、重点的に研究を進めるべき菌種が何であるかがわからなかったことです。
私たちの研究室では、ヒト腸内細菌最優勢56種 (Nature 464: 59-65. (2010)) のうち、菌株保存・分譲機関から入手可能な44種についてコレクションを作成し、このうちの32種が作成の容易な共通培地であるGAM培地で培養可能であることを見出しました。現在、このコレクションの中から私たちの研究室で遺伝子操作が出来るものを増やしているところです。また、GAM培地で培養可能な32菌種についてはハイスループット解析系(一斉に素早く実験を行える仕組み)を作ってヒト腸内細菌の機能について様々なことを調べています。

腸内細菌の代謝産物の一種であるポリアミンの腸管内腔における生産機構の遺伝子レベルでの特定

 医療費削減、労働人口増大の双方に寄与する「健康寿命の伸長」は日本社会を財政破綻から守り、先進国として踏みとどまらせるための喫緊の課題です。この課題に対処するために、様々な生理活性物質を利用した健康増進法が必要とされています。
ポリアミン(図3)はほぼ全ての生物がその細胞内に持ち、細胞の増殖を助けるはたらきなど、様々な役割を果たす生理活性アミンです。主なポリアミンには、プトレッシン、スペルミジン、スペルミンがあります。2009年以降、世界中の研究者からポリアミンを摂取すると、いくつかの動物の健康寿命が顕著に伸長することが報告されています(表1)。

 生物はポリアミンを自ら合成します。また、食品は生物由来であるため、食品中にはポリアミンが含まれます。一方で、細胞内のポリアミン濃度は加齢とともに減少するため、動物は食物中に含まれるポリアミンを小腸から積極的に吸収します。このため、小腸より下流の消化管にはポリアミンが存在しないことが予想されますが、消化管における最下流の臓器である大腸の内腔にも高い濃度(数 mM)のポリアミンが存在します。この大量のポリアミンは腸内細菌叢由来であることが報告されているます(Sci. Rep. 2:233. (2012).)。以上を総合すると、腸内細菌叢由来のポリアミンを大腸粘膜を通じて効率よく吸収すれば、加齢に伴う体内のポリアミン減少が補われ、ヒトの健康寿命を伸長させることが出来ると期待できます。また、大腸内では様々な老廃物の影響により、しばしば慢性炎症が生じ、これが様々な疾病につながっていると考えられています。ポリアミンは強い炎症抑制作用を持つことから、大腸腸管内のポリアミン濃度を適正に保つことは、腸内環境の改善を通じた健康増進に役立つと考えられます。
私たちの研究室では、前述の腸内細菌のハイスループット解析系を用いてヒト腸内細菌最優勢種のポリアミン合成・輸送について網羅的に調べました。この結果、ヒト腸内細菌最優勢種のうち、多くの菌種についてそのポリアミン合成系・輸送系が未知であることがわかりました。現在、これらの遺伝子を特定し、遺伝子発現の調節を通じた腸内ポリアミン濃度の適正化を目指して研究を行っています。

特定の有用細菌のみを生育させる「次世代型プレバイオティクス」の開発

 発酵食品などに含まれ、体内で有益な働きをする乳酸菌やビフィズス菌などの生菌を「プロバイオティクス細菌」と呼びます。また、このプロバイオティクス細菌を含む有用菌を腸管内で増殖させる目的でヒトに経口摂取され、ヒトには消化・吸収されない成分を「プレバイオティクス」と呼びます。ヒトの消化・吸収を免れて大腸に到達したプレバイオティクスが、腸内の常在細菌に「横取り」されることがありますが、これをある特定のプロバイオティクス細菌だけが利用できるようにすれば、これまでと異なった機序を持つ「次世代型プレバイオティクス」と言えます。この「次世代型プレバイオティクス」を探すために、前述のヒト腸内細菌最優勢32種のハイスループット解析系を用いて、それぞれの腸内細菌が様々な構造を持つオリゴ糖を栄養源として利用できるかどうかを調べました。この結果、ヒト腸内細菌最優勢種には利用されない一方で、ビフィズス菌Bifidobacterium infantisをはじめとした一部のプロバイオティクス細菌の増殖を促進するオリゴ糖・ガラクトシル-β-1,4-ラムノース (Gal-Rha) を選び出しました。現在、なぜビフィズス菌だけがこの糖を利用できるのかについて遺伝子レベルで調べています。

まとめ

 近年、世界的に研究が進行している腸内細菌研究の多くは腸内細菌の宿主側に軸足があり、腸内細菌を遺伝子レベルで調べることについてはほとんど行われていません。しかし、腸内細菌叢を制御しヒト健康に役立てるためには、腸内細菌の物質レベル、タンパクレベル、遺伝子レベルでの解析が必要不可欠です。私たちの研究室ではこの課題を解決するために研究を行って行きたいと考えています。

栗原 新(くりはら しん) 1978年生まれ
石川県立大学腸内細菌共生機構学講座(IFO) 寄附講座准教授
Website, http://host-microbe.ishikawa-pu.ac.jp/index.html
Blog, http://symbiogenic.blogspot.jp/

▼事業紹介パンフレット (2MB)